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私の事しか語れない。

日々の彼是。脳内垂れ流し。

おめでとうは言った。

誰でも誕生日が来れば一つ年を取るわけですけど、どれだけ年を重ねても、そう簡単に根本が変わることもなく。三つ子の魂百までとは、よく言ったものです。

年を重ねれば重ねるほど、そのことを実感する場面が増えてきたような気さえします。

私たちは、いつまで同じことを繰り返せば、気が済むのかな。多分、死ぬまで。

成長できない、変われない事実は、自分の首を〆るものでもあるんだなと思った。

喧嘩したんですよ。夫の誕生日に。お互い三十路越えて早数年経つのに。

喧嘩の原因は、要するにスレ違い。私の正義と夫の正義のぶつかり合い。どちらが正しいかというのは、世間一般的な解釈と、法的な解釈をすることができても、正解などはあり得ない。

だからこそ、お互いに自分が正しいという考えを曲げられない。私は夫を変だと思ってるし、夫も私を非常識だと思ってる。

発端なんて、いつだって詰まらないことです。下らないことで、言い合えるのです。具体的な話をしても、仕方ないので、割愛しますが、まぁ、喧嘩になりまして。お互いに自分を悪いと思ってないので、謝らない。折れない。意地の張り合い。

いつもなら、夫のほうが何事も無かったように、ふざけてくるのですが、今回は、割りと長く。長いと言っても一日も保たないぐらいですが。

そう言えば、以前、会社の飲み会で、年配の人達が、喧嘩をすると奥さんに、しばらく口をきいてもらえない。という話をしていましたが、私、そういうの、無理です。

怒りが持続しないというよりは、怒っているという態度を持続できないんですよね。ふざけられれば笑っちゃうし、怒られると泣いちゃうし。以前、怒られると言葉が出ないというようなことも書いた気がしますが、自分が怒っても同じですね。言葉に出来ない。

今回も言葉に出来なくて、でも、同じ空間にいるのが耐えられなくて、小一時間ほど家出してしまいました。まぁ、近所に散歩行っただけですけどね。普通に、携帯も鍵も持って行ったし、歩いたのもウォーキングのコースだし。でも、声かけずに出てやりました。我ながら、子供っぽいなと思いますけど。心配すればいいと思って。あと、夫は書斎に籠もってたので、すぐには気づかないだろうなと思って。

夫だけ、書斎に籠もれる環境にあるのも、ズルいなと思ってたんですよね。一応、二人の書斎として、私のものも置いてありますけど、ほとんど夫が使うし。夫が居る時に、私だけが書斎にいるってことは、ほとんど無かったと思います。

そんな感じなので、家の中で私だけになれる場所が無いんです。夫が書斎に籠もってるときは、必然的にリビングに一人でいることになりますが、一人の時間がいつ終わるかは、夫次第なのです。

ちょっと気分を変えたくて、外に出て、お笑いのラジオを聞きながら、ひたすら歩いてました。夫のことを考えると涙が滲むので、考えないようにして。ラジオの内容に笑ったりして。でも、さすがに、それだけで、まったく気分が変わるということもなく。歩き疲れてきたので、家に戻っていると、途中で、夫から電話が来ました。どこにいるの?と聞かれ、今、家に戻っている途中だと答えると、電話が切れました。

帰宅して、書斎にいた夫に帰ったことを伝えても、顔を向けもしませんでした。

しばらくして、テレビを見ていると、夫が、ケーキの箱を持ってリビングに入ってきました。夕方に一緒に買いに行った、夫のバースデーケーキです。

そんな風に有耶無耶に喧嘩は終わります。ケーキを食べながら、謝れよ、とか、あなたが謝ったらね、などと会話します。でも、結局は有耶無耶だなと思います。

本気で向き合ったら、多分、終わってしまうのです。

突き詰めたら、私達には、なにも繋げるものはないから。

しっかりと、繋ぎ合うことのできる、カタチあるものは、何も無いのです。

だから、有耶無耶ぐらいが丁度いいのかもしれません。

喧嘩の発端は何にせよ、喧嘩になる原因は、お互いに自分を曲げられないからです。自分は正しい。自分の言い分が間違ってない。自分は変わる必要ない。そう思ってるから、喧嘩になるのです。

私は、夫の言い分も理解してるつもりですが、それを受け入れるかどうかは、別問題で、結局は受け入れる必要はないと判断しています。

夫は、自分の言い分は正しいのに、何故、私が受け入れないのか理解できないと思ってるでしょう。

完全に平行線です。スレ違うのも当然です。

年を取り、一緒にいる時間が増え、お互いへの理解が深まれば、曲げられるようになるのでしょうか。

今のところ、そんな気配は微塵も感じません。

三つ子の魂百までといいますから、100歳を越えたら、変わることもあるのかもしれませんね。なんつって。

しかし、誕生日に滅多にしないような喧嘩をするなんて、可哀想な夫。でも、私の誕生日に自分の趣味にガッツリ付き合わせたのだから、自業自得と思って欲しい。

っていうか、私が、そのことをまだ恨んでるから、知らずに態度に出ていて、喧嘩になったのかもしれませんね・・・・。我ながら、しつこいな。

ようやくドライブ。

狭い世界に生きている上に、仕事もルーチンワークなので、あまり変化のない日常を暮らしています。ここでも、何度も似たようなことを書いているな、と思われるでしょうが、何度も似たようなことをしてるので仕方ない。

というわけで、また、ハンバーグ食べてきました。

さわやか 長泉店

食べログさわやか 長泉店

夫は、前日の夜に飲み会があり、日付が変わってからの帰宅だった上に、休日出勤しなければならなかったので、4時間ほどしか睡眠を取っておらず、行くのは無理かと思っていましたが、私が行く気満々で、夕飯の準備など何一つしていなかったので、頑張って連れて行ってくれました。

途中のSAで運転を交代し、やっと新車を運転しました。とても緊張した。高速を真っ直ぐに走っただけだし、オートクルーズ機能を使ったので、あんまり運転した気がしないけど、やっぱり嬉しかったです。オートクルーズ機能は、マジでハンドル持ってればアクセルすら踏まなくていいし、ハンドル操作もしなくていいので、なんか怖かったです。機能を停止させた後が変な感じだった。緊張しすぎて、アクセルとブレーキを一瞬間違えました。危なかった。さらに、さわやかに到着してから、駐車案内の人の話を聞くのに、窓をあけようとしたら、後部座席を開けてしまい、計3回、夫から「シネ!」と罵られました。「イキル!」

さわやか御殿場店には、21時前に到着していたのですが、名前を書きに行ったら、閉店までにご案内できるかわかりません、とのこと。閉店時間24時だぞ?

夫と相談して、御殿場店から25分ほどの所にある、長泉店へ行くことにしました。念のため電話で確認をしたら、待てば閉店には間に合うとのことでした。2時間以上待って、食べられないとか、耐えられないじゃない?

ただ、長泉店は、新しい店舗らしくて、うちの最新であるはずのナビでも住所を検索できず、私がワタワタしてるうちに、夫が東名高速に入ってしまい、さらに夫に罵られました。サイトに地図は乗ってるので、地点検索でナビを入れられました。

少し遠回りしてしまったこともあり、長泉店には、22時前に到着。そこから、1時間近く待ち、23時頃に席に通され、やっと念願のハンバーグにありつけました。

どうやら、今、キャンペーン中で、お得にハンバーグを食べられたので、それも御殿場店の異様な混雑の一因だった様子。

ハンバーグはとても美味しかったです。待った甲斐がありました。あの触感は、他では味わえない。夜中に食べても全然もたれない。

ただ、前回よりもグラム数の多いものを頼んだら、若干触感が違ったので、焼き方の問題なのか、形状の問題なのか、また食べに行って、検証したいと思います。

帰りは、夫が完全に寝落ちしそうだったけれども、寝落ちしそうな運転の上手な夫と、比較的寝そうではないけど、運転のド下手な私を比べたら、運転が下手な方が信用ならないらしく、帰りは夫が運転してくれました。

翌日の休日には、二人で洗車して、新車を慈しんでいました。夫は細かいし、私は慣れてないので、ぶっちゃけ洗車するの嫌いなんですけど、まだ汚れが付きづらいので、洗車し甲斐があります。が、今週の関東は雨が続いております。そういうあるあるいらんねん。

初ドライブは美味しく。

あっという間に2月が終わってしまいましたね。まだ、新車運転してません。私です。

運転するチャンスはあったのですが、不安だったので、止めました。ちょっとぐらい運転すればよかったな。やり方忘れそう。

先々週末、最初の遠出ドライブとして、静岡に行ってきました。当初の予定としては、夜に出発して、夕飯を食べて、適当に泊まって、朝ごはんを食べて、翌日昼頃帰宅をするつもりでした。しかし、出発当日、夫が仕事かつ、ディーラーに行く用事があったうえに、色々手間取ってしまい、出発時間は1時間以上遅れ、さらに夕飯を食べる予定のお店は行列で食べるまでに1時間半待ち。食べ終わる頃には日付が変わっていたし、目的地までは2時間以上掛かりそうだったので、結局、そのまま引き返して、ただの夕飯ドライブとなりました。

とは言え、夕飯を食べたのは、

炭焼きレストランさわやか 御殿場インター店

食べログ炭焼きレストランさわやか 御殿場インター店

以前、ネットでこちらの紹介記事を読んでから、ぜひ行きたいと思っていました。

俵型ハンバーグは、東京にも横浜にもあり、食べたこともあるので、正直、そこまで期待していなかったのですが、なんかもう、私の知ってるハンバーグと全然違いました。

とりあえず美味い。肉の味がしっかりしてるのに、レアでしっとりしてて、ステーキを食べてるような味。でも、食感は柔らかくて、舌触りが滑らか。しかも、お値段もお手頃。なんなんだ、これは!

土曜の夜に行ったからか、駐車場には他県ナンバーが並んでおり、皆遠くから来るんだなぁと、自分を棚に上げて思ってましたが、遠くからでも来たいと思うような味でした。本当に美味しかったし、また食べたい。神奈川県にも出来ればいいのに。

お店に着いた時点では、あまりの待ち時間に不平をもらしていた夫も大絶賛の味でした。また行きます。次は、もっと早い時間に行こう。帰りの車中でも、寝落ちしそうでした。帰りは私に運転なのかと思ってたんですが、眠いと言ったら、夫に「止めとこうか。」と言われてしまいました。それを遮ってまで運転したいかと言われるとそうでもなかったので、黙って助手席に収まりました。

運転してる夫も眠くてやばかったらしいですが、新車に付いているオートクルーズ機能とはみ出し防止機能のおかげで、ヒヤッとすることなく帰宅できました。もちろん、機能があれば居眠りしても安心なわけないんですけどね。それでも、補助機能があるのは嬉しいものです。それこそ、私のように運転に慣れていない人の為の機能でもあるはずなんですが、今のとこ、恩恵に預かれていません。乗れるのはいつになるでしょう。

なんだか、さわやかとインプレッサステマのようになってしまいました。とりあえず、さわやかはオススメです。御殿場店が一番、関東に近く、行きやすいのですが、そのせいか、かなり混むので、さらに海老名か足柄あたりまで進出してくれることを願ってます。出来たら、絶対行きます。

別れの辛さは同じ。

私は地方出身者なので、大人になったら、運転免許は必要だろうな、と漠然と思っていた。父は免許所有者だったが、母は免許がなく、どこへ行くのも自転車かバスだった。

大学2年の夏休みに、免許を取りに行った。自動車学校の費用などは親が払ってくれたので、取らせてもらった。というのが、正しい。

地元から離れた大学に通っていた私は、夏休みの間、帰省し、1ヶ月、ほぼ毎日自動車学校へ通った。最初こそ、取れるか不安だったけれど、検定などで落とされることもなく、免許センターの試験も一回で通り、無事に免許を取得することができた。

しかし、そのまま10年近い間、運転することはなかった。本当に。ただの1回も運転することはなかったのだ。

夫と付き合い始めた頃、どうしても、車が運転したい、というので、何回かレンタカーを借りてドライブデートをした。車が好きだということは知っていた。結婚し、新居を探す時にも、車を所有していないのに、駐車場付きの物件を探した。

結婚した年の秋、車を買おうと思う。と言われた。知人のつてで、安く買えそうなのだという。フォルクスワーゲンニュービートル。見た目が可愛いいので、好きだと思う車の一つだった。型式としては古く、何年も乗られているので、来た時から、不調があった。それでも、初めて車は嬉しかった。

残念なことに、購入を決めて、結構すぐに、夫の長期出張が決まってしまった。しかし、乗らないで置いておくのは、車には良くないので、夫が出張に出かけてから、私は運転の個人指導を依頼した。たった3回の教習だったけれど、近所を一回りするには、支障ないように指導してもらえた。

ただ、私の過信のせいで、指導を受けてから数日後、一人で出かけた先の駐車場で、ブロックにぶつけるという事態を起こした。他の車や人にぶつけなかったのが、不幸中の幸い。完全にトラウマになったので、それ以来、その店には行っていない。その後も、やはり駐車場などで、ブロックに何回か擦ったし、一度、路地を曲がる時に寄りすぎて、ポールに車体をめり込ませた。装甲の厚い外車でなければ、フレームが歪んだだろうねと言われた。今月も、夫に頼まれたお使いに行った時に、妙に焦ってしまい、目視を怠って、駐車する時にブロックに擦った。お察しの通り、運転は下手なのです。アホかと思われそうで怖いけれど、車体感覚というのだろうか、車幅と全長の感覚が今いちわからないのだ、だから、変に動きすぎてぶつけたりするのだ。

そんな、傷つけまくったニュービートルとお別れすることにした。もともと、調子がよくないまま、だましだまし乗っていたのだが、夫が次に乗りたいと思う車の目星がついたこともあり、買い換えることになった。

納車の日、文字通り二束三文にしかならないけれど、下取りをお願いしていたので、ニュービートルでディーラーに向かった。これでもう、この車に乗ることはないのかと思うと、寂しくてたまらなかった。

新車の受け渡しが終わると、記念写真を撮ってくれるという。せっかくなので、新車と旧車を並べたいと夫が言い出し、わざわざ停めなおして並べてもらった。

新しい車と、ニュービートルの間に立って、記念写真を撮ってもらった。

さぁ、帰ろうかと乗り込むのが、ニュービートルではないことに、申し訳ないような気持ちになり、思わず車体を撫でた。もう乗らないからと、しばらく洗車もしていなかった車体は、少しザラついていた。

新しい車から、乗り慣れた黄色い車体を見るのがなんだか切なかった。

物に愛着を持つ、というのを、初めて知った気がする。

新しい車では、まだ運転していない。というか、させてもらえない。よくわからないけれど、色々調整をしたいらしい。そうですか。今までの車とは、全然違う車とこれから、仲良くしなくてはいけない。ピカピカの車体を撫でるのは、なんだか恐れ多かった。不注意で傷をつけることだけは、どうにか避けたい。せめて、夫が先にこすり傷の一つでも付けてくれたらと思うけれど、悔しいかな夫は運転が上手いので、多分、よほどのことがない限り、そんなことは起きない。

私が、また運転の感覚を失わないうちに、新車を運転させてもらえることを願ってる。

 

5年目の繋がり。

先日、入社10周年を迎えた私ですが、バレンタインデーには結婚4周年を迎えました。

今年は、5年目に突入です。マジか。早い。

先日も、思うところもあると言いましたが、まぁ、私が主語になれば、愚痴しか出ません。

感謝もありますけど、不思議なぐらい、愚痴ばかりです。何故だ。

そんなに夫は、極悪人か?だとしたら、どうして結婚したんだ?

夫に良いところはないのか?私ばかり苦労してるのか?なら、何故、結婚し続けるの?

そんなことをグルグル考えてます。

で、呪詛みたいなこと、つらつら書き殴ってたんですけど、ああ、取り留めがなくなってループしてるなって思ったところで、PMSだなって思いました。どうりでイライラするわけだ。

あと、バレンタインデーで結婚記念日の日に、車ぶつけたんで凹んでます。

相変わらず、後ろ向き駐車が苦手。慌てて、なんとなく止めようとしたら、やっぱりダメでした。そりゃ、ダメだな。なんか、行けそうな気がしたんだけど、ちゃんと目視しないとダメだね。で、凹みつつ、夫に謝って、ついでに八つ当たりしようとしたら、倍返しされる気配がしたので、八つ当たりはやめて、ひたすら落ち込んで、記念日だからって買ってきたケーキやけ食いして、胸焼けしました。高いケーキは色々濃いんだよ。美味しかったけどね。食ったの夜中だったのも悪かったな。

 5年目になるのに、幸先悪いわ-。最近、また夫の仕事が忙しくて、イライラしてるから、あんまり楽しくないです。いい加減、八つ当たりするの止めてほしい。

なんか、私の方も色々我慢できなくなってきてる気がする。昨年、一人を謳歌し過ぎたな。夫がいない方が、楽しく過ごせるような気になってしまった。

今の時期に夫がいなかったら、やりたかったことが、色々あるんだよねー。いや、できたかどうかは、わからないけど、夫がいると、申し込むことすら出来ないからなー。

おっと、また呪詛が漏れ出そう。

相変わらず、ファンタジーのすれ違いをし続けてるので、お互いに不満になるんだろうなと思ってます。

夫は、私に対して、夫第一主義でいて欲しいみたいだし。残念ながら無理ですけど。私は逆に、夫にもっと自立して欲しいと思ってますけど、私の幻想通りになったら、結婚する意味なくなるしね。今のとこ、離婚の意思はありませんけど。

でも、夫の面倒みたくないなら、どうして結婚しようと思ったのか、我ながら謎。お互いに支え合うとか、ブラック気味な働き方してるの間近で見てるのに、どうして、そんな夢見れたのかしらん。今も、その夢から覚めてないしね。早く起きなきゃ。

そういえば、明晰夢って、ほとんど見ないんですけど、車をぶつけた日の夜は、なんか、迷路っていか、部屋があべこべにくっついたような建物の中から、外にフワフワ浮いてる、石造りの城のようなビルのような物が、ぶつかりそうでぶつからない感じに漂ってて、夢なのはわかってるから、早く、リセットされないかなって考えてました。なかなか、繊細にできてるらしいよ、私。

結婚は5年目ですが、その間に、何度も長期出張に出てるので、実質2年半ぐらいです。一応、丸1年近くは一緒に暮らした時期もあるので、それなりにファンタジーの摺り合わせは、少しずつ出来てるのかなぁ。と、思いたい。

私も直せと言われたところを、全然直せてないしなぁ。車の運転とか。掃除とか。整理整頓とかね。苦手だから、やらなくてもいいやーって思っちゃう。自分に甘い。でも、夫がいつまでたっても、ゴミをゴミ袋に入れないのには心底腹が立つんだよな。結婚して、夫だけでゴミ捨てしてくれたことなんて、ないんじゃないのか?皿洗いも、多分、2~3回?でも、私も、何度言われても、テーブルの上にピアスとか置きっぱなしにしちゃうし、郵便物を食器棚の上に置いたままにしちゃう。目には入るけど、全然気にならなくなるんだよね。夫は、それをスルーできない。書斎に食べかけのお菓子とか放置できるくせにね。解せぬ。

今年っていうか、昨年の出張から戻ってきてから、とにかく、お互いに金遣いが荒くて、ヤバイです。車も買っちゃったし。もう少し、計画的にお金を使うようにしたい。予算を組んで、それを守るってことができないのが、一番の原因だと思いますけど、お互いに我慢できない性格だからなぁ。そろそろお小遣い制を導入すべきかしらん。メンドクセー。しばらくは、高い買い物する予定は無いから、しばらくは、貯める方を意識したいなぁ。本当は引っ越したいけど、人生設計も出来てないからね。何も出来ない。

なんだかんだ、このままズルズル行くんだろうなぁ。その上で、お互いに別々の方向を向くこともあるのかもしれない。それも仕方ない気がするよ。ドラマ、カルテットの中で、「子を鎹にした時が、夫婦の終わり。」って言ってたけど、鎹にできるものが何もない夫婦は、始まってもないのかな。同居人以上夫婦未満か。それでも良い気がするな。家族として、生活を成り立たせる為には、お互いに努力が必要だけれど、それは、強制できるものじゃない。まして、人の感情なんて、血を分けた家族だって、どうにもできないものなんだから、唯一自分で選び、解消することのできる家族である夫婦が、何もせずに長続きできるわけないんだよな。

最近、仕事が辛いせいか、家で仕事のことを口にしないでって言われる。そうすると、共通の話題が全然ないことに気づいたんだ。趣味も、好みも違うことは分かってたはずなのにね。でも、夫の趣味に付き合うのは、嫌なんだよなぁ。したいことしか出来ない私が我儘なのか。でも、私は私の趣味で十分満たされてるし、そっちに時間使いたいよ。その時間に、夫に居てほしいと思わない分、やっぱり私のほうが我儘なのかもしれないな。

さて、割れ鍋に綴じ蓋な私達の、5年目の夫婦生活は、どんな風になるのかな。

願わくば平和に、あと貯金できますように。

働くオンナ。

就活していた頃のことは、思い出したくもない。なんとなく、適当に、なんだかんだどうにかなると思って、就活及び社会、並びに人生を舐め腐っていた自分をぶん殴りたい。ならねーよ。なるわけねーだろ。何様だよ。

でも、根本的なところでは、今も昔も変わっていないことを知ってるので、やっぱり自分をぶん殴りたい。自分が可愛いから、そんなことしないけど。

10年。子供の頃の10年なんて、途方もない時間だった。若い頃の10年は、わからなくもないけど、それだけの時間に変化は付き物だった。

今の会社に入って、丸10年経ってしまった。前の会社を1年経たずに辞めた身としては、10年ぐらい働く気持ちでいたけれど、何かしらの理由(結婚、出産、それに伴う転居等)で、辞めてしまうかもしれないとも思っていた。

でも、特に大きく変わることなく、10年経ってしまった。結婚はしたけれど、それ自体は、会社を辞める理由にはならなかった。辞める理由が出来ないまま、結婚して、そろそろ、丸4年になる。

前職を辞めて10年になるが、未だに、あの頃のことは思い出したくもない。考えると恥ずかしさで死にたくなる。働いていたとは言い難いような体たらく。上司や先輩や家族や親族に迷惑しかかけずに逃げるように、いや、完全に逃げるカタチで辞めた。どうすればよかったのかと思うこともあるが、そもそも、入らなければ良かったなと思っている。それなりに大きな企業だったので、初期研修などは大変に勉強になったけれども、実務がどう考えても向いてなかった。向いて無くてもやらなければ、という考えを持てるほど大人でもないし、その会社で働くことに必死でもなかった。

やはり思い出すと、死にたくなるので、考えるのはやめよう。

今の会社へは、民間の転職紹介を利用して知った。とにかく、事務職。できれば正社員。という、浅はかな希望に沿ってくれたのが、今の会社だった。

大卒の事務職としては、妥当と思われる給料。社会保障制度もちゃんとしている。待遇としては申し分ないだろう。紹介してくれたエージェントは、半笑いで言った。

「揺れるのは平気ですか?」

意味がわからないと思ったけれど、事務所へ行くと納得した。

ターミナル駅が最寄りのオフィス街から、JRとは思えない無人駅が最寄りの工場地帯へと職場を移すのを決めるには、少し時間が必要だった。

結果的に働くことを決めて、席をもらい、そこに座り続けて10年になった。早い。

入ったばかりの頃は、転職とは思えないほどの社会人としての自覚の無さ、仕事へ意識の低さなどで、何度も迷惑をかけた。そのあたりのことを思い出すと、やっぱり恥ずかしくて死にたくなるけれど、その頃の私の話をする人はいない。

入社3年目辺りで、今の夫に出会い、色々あって付き合うことになり、入社6年目ぐらいで、結婚することにした。まさか、社内結婚するとは、入社するときには想像もしていなかった。結婚すると会社に報告した時に、退職の意思の確認すらされなかったと思う。私が完全にスルーし過ぎて記憶から消してるだけかもしらんけど。

そんな人生の一大イベントも軽々飛び越えて、そろそろ4年。次の退職理由は来る気もしない。別に来なくてもいいとも思ってる。

他に同じ職種の人はいないし、他の事務所では、私以上に長年勤め上げた人が何人もいるので、別に驚くような勤続年数じゃないんですけど、とりあえず、節目だなと思ったので、色々思い出したくないことを、ちょろっと思い出しましたけど、やっぱり思い出したくないから、また封印しときます。

一昨年に退職した、仕事大好きな実父からは、今の仕事に甘んじずに資格の勉強でもしろと何度か言われたし、自分でも、今後のことを考えれば、役に立ちそうな資格を取るのも悪くないと思うのですが、結局、特に何もせず。まぁ、必要になればやります。遅いかもしれないけど。

それでも、なんとか、いや、流されるままにでも、仕事をしていられることは、感謝だなと。給料全然上がらないし、ボーナスとか信じられないぐらい少ないし、家賃補助も30歳過ぎてからジワジワ減らされてるけど、辞める気なんてこれっぽっちもありませんから。

役に立ってるのかな、とか、このままでいいのかなと思うこともありますが、恩師からの、「この世に大した事ない仕事などない。」という言葉と、実父からの、「誰でも出来る仕事でも、今できるのは、あなただけ。」という言葉を胸に、今後も、働き続けたいと思います。

結婚5年目を迎えるに際しても、思うことあるんですけど、心情的には昨年、一昨年と大して変わらない感じです。昨年に続いて、一緒に過ごせるはずなんですけどね。

変わらないものと変えたいもの。

正月ボケと正月太りが解消されないままに、1月が終わりそうです。できれば、ずっと休みたい。働きたくない。欲しいものは不労所得。私です。

先日、久々に高校の同級生と集まりました。と言っても、私を入れて3人。しかも、そのうちの一人とは、2~3ヶ月に1回ぐらいのペースで顔を合わせてます。なので、実質的に久々なのは、もう一人の、遠方に住んでる子だけ。

とは言え、彼女の夫さんは、実家が関東なので、1年に一回ぐらいのペースで会ってる気がします。でも、今までは、昼間しか会っていなかったので、飲みに行くのは本当に久々。というか、学生の頃は、あまり飲む習慣が無かったし、ご飯食べてお茶をするのが定番で、飲み屋に行くことも少なかったから、このメンバーでガッツリ飲んだのは初めてだったかもしれない。

都内のオサレなダイニングバーを予約したら、ロフトスペースの個室とも言えるような席だったので、廻りに気兼ねせず、大いに飲んで食べて、たくさん話すことが出来ました。

既婚子持ち、既婚子無し、独身と、それぞれ状況は違えど、それぞれ、似たような悩みを持ってたりするわけで。それぞれ、おおっぴらには人に話せないような愚痴を言い合うことで、秘密の共有をしてるような気になりました。

正直、飲みすぎたので、喋りすぎた気がしないでもない。気の置けない友人なので、何も気にされてないだろうけど。暴言は吐いてないはずだから、多分、大丈夫。

今度は、遠方に住んでる彼女の所に、遊びに行きたいな。

3時間たっぷり、飲んで食べたところで解散。友達の一人と途中まで一緒に帰り、別れるところで、スマホを確認したら、旦那から、まだ会社にいるというメッセージが・・・。終電間近なのに、迎えに行きましたよ。車でもないのに。しかも、会社の最寄りに行くローカル線が終わってたので、乗り換え駅から会社まで30分近く歩きました。靴、新しかったのに。

既婚の友達夫婦と、私達は、面白いぐらい真逆で。それは、彼女と私が、割りと真逆だからなんだと思う。彼女だったら、夫からのラインスタンプ一つで、来た道を戻ったりしたりしないんだろうな、と思いながら歩いていた。

そもそも、彼女は、うちの旦那ようなタイプとは、付き合おうと思わないだろうな。彼女の夫さんのことを全てよく知ってるわけじゃないから、彼女なりの苦労などもあることは、わかっているけれど、旦那に対しての愚痴を言うと、そんな旦那を選んでしまう、自分が悪いんだなと思うしかなくて、なんだか情けない。なんて、旦那のことばかりを悪し様に言ってしまうのも、卑怯な話だな。私が主役なら、旦那を適役に見立てるのは、とても簡単なことだもの。旦那だけが悪いわけではないよ、もちろん。

数日前、自分のタイムラインで、自分の配偶者をなんと呼ぶか、という話題が上がっていて、旦那や、主人と呼ぶなんて!という考え方があることに驚いた。

言葉の意味を取れば、旦那や主人は、隷属関係を示唆しているし、そう呼ぶことで、自分が下の立場であることを表していることは、わかっていたけれど、私は自分の配偶者を他人の前で旦那と呼ぶのは、敬語や丁寧語の類のものぐらいに思っていた。

意識が低いと言ってしまえば、それまでだけれど、そう呼ぶことで、無意識に自分は、旦那の嫁であるという感覚を埋め込んでいたのかもしれない。

ここでも、旦那と呼ぶのは、主人や夫と呼ぶよりは、崩した感じが出て、親しみやすいと思っていた。でも、そう呼ぶことで、自分は下だと思い込んで、相手にも、自分は従うものだと思われるのは嫌だなと思った。

さて、どうしたものかなと思っていたところで、録画しつつも見れていなかった『カルテット』を見たら、作中で普通に、「夫さんは・・・。」などと言っていた。なんてタイムリー。むしろ、TLの賑わいも、これ発信だったのかしらん。ドラマの中で、何度も「夫さん」と繰り返されると、違和感が無くなってきた。

実生活では、夫のことはアダ名で呼んでいる。大したアダ名では無いけれど、全世界に発信したいようなアダ名でもないので、これを機会に、夫に、改めようかね。彼は、私の夫であって、ご主人様でも、旦那様でも無いもの。私は彼の妻であって、下女でも家政婦でも無いもの。

そんな風に、考え過ぎても、夫には伝わらないし、夫は変わらない。大人になってから、自分を変えられるのは、自分だけだと思うから。

先週ぐらいから、夫の調子が悪くて、病院に行ったら、痩せろと言われたらしい。胃と食道が良くないので、食生活にも気をつけてねと指導されたらしい。「こういう食事が良いらしいよ。」と紙を渡してくるのは、いいけど、自分の選ぶ目を養わないと、食生活は変わらないと思うんだよな。食べることは、そのまま生きることにつながるし、体は食べたもの以外では作られない。そんな当たり前のことを、自分で意識しないとどうしょうもないと思うんだ。

私は夫の食事を作る。それは、全幅の信頼を置かれて、任されている。食事に毒を入れない、食事を不衛生に作らない、極端に大量にしたり、少量にしたりしない、そういう信頼を置かれてる。塩分過多にして、糖質多くして、脂肪肝にして、糖尿にして、血管を破いて、心疾患や、脳卒中を起こすのは、実は、そんなに難しくないんじゃないかと思ってる。毎日の食事を作るって、それぐらい責任重大なことなんだね。

世の中の、妻に食事の一切を任せている夫君達は、もっと命を預けてることを自覚したほうがいいと思うな。

私は、ダイエットをしてるから、偏ってはいるものの、多少の知識はある。でも、それは、自分が変わるための知識であって、その中の、どれを実行して、どこを諦めて、どう続けていくか、自分で決められる。でも、知識の少ない夫は、何ができるかも、分からない。それで、私に、何がいい、何を食べればいいと、聞かれても、私に分かるわけがない。だって、私と夫は違う体だもの。夫に強制できるものなんて、ないんだよ。

私は決めるのが苦手なんだと思ってた。でも、少し違う。自分が決めたことが、他人に影響を及ぼすのが苦手なんだ。行く道を私が決めて、それが後から遠回りだと気づいた時に、攻められるのが嫌なんだ。遠回りでも、坂道でも、自分だけが歩くなら、なんとも思わない。ああ、他の道行けば良かったなと思うだけ。でも、他人から、例えば、夫から、どうしてこっちにしたんだ!って言われると、どうしていいかわからなくなる。だって、選んだことに、大した理由なんてないから。なんとなく、こっちだと思ったから。そして、その時に、私に選ばせた、夫が悪いと思ってしまう。文句を言うなら、夫が選べばよかったのに、と思う。さて、責任転嫁はどちらだろう。

『カルテット』は、某俳優さん目当てで見ている。番宣含めて、ここ数ヶ月に沢山の番組に出演してくれていて、とても嬉しい。インタビューなどで話されることが、とても一貫しているのが、当たり前のことなのかもしれないけど、すごいなと思う。

私は矛盾している。自分のことしか決められない。夫に知られたくないことが沢山ある。『カルテット』の中での台詞が印象的だった。まだ、先がわからないので、何を意図しているのか、本当に言われたことなのかも分からないけど、印象的だった。

「愛してるけど、好きじゃない。」

夫のことは、大事だし、好きだと思う。でも、全部かと言われるとそうじゃないし、無償の愛で繋がってるとも思えない。それでも、自分で決めたから。一生、一緒にいるんだと、決めたから。

一緒にいる間に、何を思うかは、私の自由。同じ自由を夫も持っていると思っている。休日に、私だけで近所のコンビニに行くことになった。近場では4軒。私は、坂を下ったところにあるコンビニに行くと言った。夫は、坂の上のコンビニに行けばと言う。ソッチのほうが近いから。時間を無駄にするなって。

分かった。坂の上に行ってくる。そう言って、家を出て、私は坂を下る。そして、買い物を済ませて家へ戻る。夫から、遅かったねという言葉は無かった。

上手く言葉には出来ないけど、私は、それでいいと思うんだ。夫はどう思うかは分からないけど。別に、いいと思うんだ