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私の事しか語れない。

日々の彼是。脳内垂れ流し。

私はソレを持っている。

messyというコラムサイト編集部さんが主催するイベントに行ってきました。

『春のしQちゃんフェスティバル』と銘打たれたそれは、関連映画を鑑賞、監督さんとコラムニストさんのトークショー、ゆるキャラとの触れ合いイベントという盛り沢山な内容でした。

メールで予約をして、会場に行ったのですが、告知記事には会場の住所しか載っておらず、どんな場所でやるのかな、と思ったら、messy編集部の中でした。マジでか。てっきり、イベントスペースかライブハウス的なところだと思ってたので、ちょっとビックリしました。しかも、開場時間前に行ったら、同じ場所で何かやろうとしてた人たちが半笑いで、「なに、今日イベントあるの?」みたいな感じで話してたので、ダブルブッキングしてたみたいです。大丈夫だったのかな。入口辺りに10人弱集まっている状態で、5分程遅れて開場。中は結構広くて、高校の視聴覚室を思い出しました。あ、しっかりパーテーションで区切られていたので、編集部の中の様子は全く見えませんでした。明るかったけど、人がいたのかもわからない。

開場まで30分ほど時間があったのですが、なんていうか、暇でした。なんか不安になるな、と思ったら、BGMがないんですよ。一人で来てるお客さんも多くて、全体的に静か。物販もやってましたが、呼び込みがあるわけでもなく。スマホの電池が切れそうだったので、アンケート用紙と一緒に渡されたチラシに落書きしてました。

一度、しQちゃんが顔見せしてくれてから、映画の視聴がスタート。

子宮に沈める [DVD]

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 大阪の二児置き去り事件を題材にした、非常に重い映画でした。ドキュメンタリーではないけれど、ストーリーがあるわけでもなく、淡々と日々を見せられる感じ。正直、グロくて直視できない場面もありました。後半はずっと険しい顔をして見ていた気がする。子どもたちはすごく可愛かったので、余計に見ていて辛かったです。特に、3歳のおねえちゃんが、1歳の弟をあやす場面が可愛くて仕方なかったです。

見終わってから、休憩時間に近くの席の人達が、映画の感想を言い合っているのが面白くて、聞き耳を立ててしまいました。全然知らない人の話に入っていけるのすごいなぁ、と変なところに感心してしまいました。ちょっと私も混ぜて欲しかった。コミュ力無いから無理だったけど。

解釈や見解はそれぞれあるだろうけれど、私は、淡々と日々を見せられて、子どもたちが可愛くて、だから、可哀想で、母親を責める気持ちばかりになってしまって、それが、ニュースを見た時に、母親を責めた人たちと同じ気持なんだと気づいて、怖くなりました。ニュースを見てすぐに、母親の気持ちを考えるのは、私には難しかったと思う。

その後のトークショーでも、監督への質問で、母親の背景や心象を表さなかったのは、なぜですか?というものがあり、監督からは想像して欲しかったから、という回答がされていました。世の中のニュースで知ることができるのは、事実の一面ぐらいで、それを全部だと思って受け止めてしまいがちだけれど、そんな単純に片付けられるものなんてないはずです。それは、わかるんですけど、頭では理解できるし、自分は想像できてる方だと思っていたけれど、衝撃的な事実に相対した時に、嫌悪感や怒りの感情を持っている時に、冷静に考えるのは、やっぱり難しいし、全然できてないんだということが、よく分かりました。

トークショーは、映画の監督とコラムニストの方のトークだったんですが、司会をされてる方の私情というか、個人的見解が色濃い質問に答える感じで、なんか、偏ってるなと思いました。テーマが決まってるようなものだから、仕方ないのかもしれないけど、それなら、司会という立場をとらないで、一意見を持ってる人として、トークに混じればよかったんじゃないかな。そこまでが無理でも、立ち位置をハッキリしてほしかったな。最期に、ポロッと言ってたことを最初に言っておいて欲しかった。

監督は、教育が重要、ということをおっしゃっていて、私もそれにはすごく賛同します。今の子供達が大人になるのが、楽しみでもある。今、男女差別をしてる世代の方々がいなくなるのを待ちたい気持ちすらあるけれど、それは、問題の先送りでしか無いのかな。

ネタバレになるけど、子供たちを置いて出ていった母親が、下の子が死んでしまった後に戻ってくるんですよ。私は、死んだのを確かめに来たのかな、と、思ったんですけど、感想を言い合ってた人の中には、改心して戻ってきたと思っていた人がいて、母親がまだ生きていた上の子も殺してしまったことを、なんで、そんな展開になっちゃうんだと憤っていらっしゃいましたが、むしろ、その発想は無かったわー。と思いました。じゃぁ、なんで私は、死んだのを確かめに来たのかと思ったかというと、漫画なんかでそういう展開を読んでるからなんですよね。ある意味、学習してるんです。改心して戻ってきたと思ったという方は、私よりは一回り近く年下っぽいので、読んできたものも違うだろうし、逆に改心する展開を学習されてるってことですね。想像力を持つ、背景を考えるっていうのは、そのまま知識を増やすということにもなると思うんです。パターンを学習することで、この場合はどうかな、こういう事情も考えられるなっていう想像を持つ幅を得られると思うんですよね。

そこで、自分が知らないことは無いことと同じという思考パターンに陥らないことも重要な要素だと思います。視野を広く知識を深くというのは、難しいけれど、目指すのはそういうことですよね。難しいけれど。

また、コラムニストの方は、「非当事者も声を出していくことが重要。」とういことをおっしゃていて、それも、偏った状態で、密室で話をするのではなく、色んな意見を出すのが大切ということなんだと思います。

ただ、女性に関する問題に関しては、決定権が男性にしかない状態が多く、むしろ、当事者の声を蔑ろにしていると思うので、そこは、意見の主導を間違ってはいけないなと思いました。

トークの時間が大幅に伸びて終了した後は、ゆるキャラとの触れ合いタイムです。

https://instagram.com/p/1m1oIivfTu/子宮の妖精、しQちゃん。

すごい攻めてますよね。見た目はゆるいけど、存在は全然ゆるくないですよね。

グッズを買うと、羽ビンタなどのオプションをお願いできるので、私もグッズを買って、ツーショット撮影をしてもらいました。

映画は重いし、トークショーも明るい話じゃなかったんですけど、しQちゃんのお陰で、めちゃめちゃテンション高く帰れました。終わりよければすべてよし!

私も同じ子宮持ちとして、今後もしQちゃんを応援したいと思います。またイベントがあったら参加したいな。旦那がいる間は難しいかな。

しかし、思ってた以上に参加者が少なくて、最近の情報収集が専らツイッタのTLな私は、完全に知識と情報が偏ってる部類なんだな、と反省しました。

余談ですが、質問されてた方が、「子供を生もうと思えない。」と言っていて、ああ、同じ考えの人もいるんだな、となんだかホッとしました。その方は、「自分も虐待しちゃうんじゃないか。」ということを理由で欲しいと思えないということでしたが、あとから、「子供なんてほっといても育つから大丈夫よ。」とか、「産んだら母性が湧くわよ。」みたいなことを子持ち女性から声をかけられていて、ものすごくクソリプみたいだなって思ったし、自分の子供っていう事例一つでそこまで強気でアドバイスできるなんて怖いなって思いました。やっぱり想像力って大事ですね。しかも、映画を見て、トークショー聞いた上でのそのアドバイスですからね。っていうか、それアドバイスじゃなくて、自己紹介ふまえたマウンティングだと思ったのは、私がひねくれてるからだろうな。